2026年3月16日、前回同様に岩内ターミナル12:59発の「第2便」に乗車。今回は「道の駅かもえない」で下車。

道の駅には「にしん街道の碑」がある。

案内板より。
ここ神恵内村は、一七五一年(宝暦元年)に古宇場所が開設されて以来、にしんの恩恵を受け栄えた村です。
その名残の一つが、日本海沿岸に残っている袋澗です。袋澗とは、大量に捕れた「にしん
」を一時的に貯めておく施設で、特に神恵内村は、五十三ヶ所の袋澗が存在していました。残念ながら、一九二〇年(大正九年)の一〇一、〇〇〇石の大漁をさかいに年々減少し、現在は、まぼろしの魚となっています。
日本海沿岸の市町村には袋澗をはじめ、にしん御殿た、にしん漁の際に唄われた沖揚げ温度、また、各種資料館等には写真や漁具など、当時の様々な文化や資料がたくさん残されており、北海道の歴史の一ページを築き上げた時代をうかがうことができます。
「にしん街道」で結ばれた地域にある、先人たちが残した歴史や文化を大切にし、後世に引き継ぐとともに、地域の活性化につなげる証として、この標柱を設置するものです。
今日も海岸沿いを歩く。

赤石停留所を過ぎると「中の滝」がある。


赤石地区にも学校があった。1973年に閉校したようだ。

赤石漁港。

赤石稲荷神社は、そばに水が流れ清々しい雰囲気だ。

さらに進んで、神恵内の中心部に入っていく。旧神恵内漁港は放棄されているようだ。

澤口の滝。

「キス熊岩」は、夫婦熊がニシンを食べた後に仲良く戯れていたという伝承から生まれたものらしい。

古いレンガ造りの柱が残る。何の目的だったのかは不明。

新しい神恵内漁港には石碑がたつ。

「青雲坂プロムナード」は、国道229号線から分岐し、中学校や青少年旅行村、郷土資料館へ向かう枝線である。

神恵内市街には古い家が立ち並ぶ。

古宇川を渡って神恵内中心部を出る。


中心部の出口に、斜面に張り付いた歩行者用通路がある。


商工観光センターも町はずれにある。洋風建築である。

海岸沿いを歩き続ける。

古いトンネルの跡がある。

新しい国道は弁財澗を横切る。

弁財澗では強風が吹き荒れる。橋からのぞき込むと怖いばかりだ。




ここで置いていかれては大変であるが、何とか帰りのバスに乗ることができた。

今日の行程。

今日の動画。
