比布の語源は、「北海道 駅名の起源」(1973)によれば「ピオプ」(石の多いところ)とされている。知里真志保の説では、「ピピペッ」(石のごろごろしている川)が転訛したものという。
比布駅は1898年の開業。駅内には昔の「ピップエレキバン」のテレビコマーシャルにちなんだ写真が展示されている。
比布駅 (07/13/2026)
バス運行案内 (07/13/2026) – 道北バス・5 愛別線と2・3 名寄線が停車する。
無人駅だがカフェが併設されている。 (07/13/2026)
中央右側に有名なTVコマーシャルの紹介がある。 (07/13/2026)
駅前通り (07/13/2026)
跨線橋 (07/13/2026)
旭川行列車 (07/13/2026)
「東栄の礎」は「北1線14号」停留所の近くにある。
07/27/2026
碑文。
大雪山の霊峰より流れ出る母なる清き石狩川の水利に恵まれたこの地は、沖積土の沃野であり、明治二十八年に先人が千古斧鉞の原始林の中に入地し、困苦欠乏に堪えつつ開拓の聖業が始められた。同四十一年より水田が造成され爾来五十余年に亘り人馬による小区画の水田経営に血と汗の苦難を続け風雪に耐えてきたが、昭和三十年代以降の目覚ましい経済文化の発展により、農業の機械化転換が進みこれに対処するための基盤の整備と将来えの農業経営が重要課題となった。水田開拓当時暗いランプの下で、汗と泥に塗れた親の膝で夢見眠りし子等も何時しか七十を過ぎたが、未来えの拓魂燃えて、若き後継者と夜毎の討究を重ね、遂に固い決意と団結で、比布東地区道営圃場整備事業推進期成会を結成し、町及び関係団体と協議の結果、本事業の推進を決定、昭和四十九年土地改良事業推進協議会を設立して、土地改良事業総合センターを設置し、同年比布東地区道営圃場整備事業の採択が決定された。翌五十年より着工、爾来七年の歳月を経てこの一大事業が完成を見るに至った。今や往昔の地形その片鱗を留めぬ歴史的な変貌を遂げた圃場と、地域関係者の尽きざる創意と努力は、永久に継承され輝かしい未来に向かって発展することを願い、ここに先人の不撓不屈の開拓魂を讃えると共に、この事業の推進に携わった方々に感謝の意を捧げ、本町開基九十周年を迎えた今日、この地に記念碑を建立し後代に傳えん
蘭留小学校は、1899年に設立されたが2010年に閉校。JR蘭留駅からは離れている。
蘭留小学校跡 (07/27/2026)
出雲神社は1915年に創立。
出雲神社 (07/27/2026)
旧比布中学校は1947年開校、2022年に閉校。跡地はバレーボールチーム「ヴォレアス北海道」の拠点となっている。
旧比布中学校 (07/27/2026)
比布町郷土資料館は1929年に建てられた農家を利用しているという。
07/27/2026
比布神社の起源は1899年にさかのぼる。1985年には「大雪夫婦道祖神」が建立されている。
大雪夫婦道祖神
案内板より。
道祖神について
道祖神のい信仰は古代に発しその起源については定かではないが、塞ノ神、幸の神、障の神、斎の神、妻の神、道祖の神、の文字を当てることからも街路に坐してその集落に悪霊の入るを防ぎ、幸をもたらす神として信仰され、更に時代の変遷と共に五穀豊穣、行旅の安全、家業の繁栄をも守護し給う神とされ、近世(約三百年前)よりは男女合体の御神像を彫像して祀るようになり、男女和合信愛、良縁安産、小児の守護と子孫繁栄の神として崇敬されるようになった。
大雪夫婦道祖神について
人としてこの世に生をうけ、千万の男女の中より、夫と呼び、妻とよぶ、契りをむすび起居苦楽を共にして家庭を築き、わが生命の延長たる児孫を授かる。
こうした人生をかえりみるとき、感無量のものを覚え、その神縁と広大な神の攝理に深い感謝の念を禁じ得ぬものがあります。
ここに思いを同じくする有志相議り、天皇皇后両陛下御健やかに御成婚六十年を迎えさせられ、更に本年は世界史にも稀に目出度き御在位六十年という記念すべき年を奉祝し、大雪山連峯の霊山比布岳(二一九七m)に正対するこの神域内のつつじヶ丘に北海道初の道祖神を建立、夫婦始祖の神、伊弉諾、伊弉冊、両神を奉祀鎮祭し、大雪夫婦道祖神と尊称し奉りました。
御参拝の皆さまには、夫婦信愛、家内和合、子宝安産、子孫長久、の神として広大なる御恩を祈念拝謝せられむことを。
鳥居 (07/27/2026)
社殿 (07/27/2026)
比布跨線橋を渡り、市街地を出る。
07/27/2026
さらに進むと「地獄に通ずる穴 アフン・ル・パロ洞穴」がある。案内板によると、
「洞窟の奥の世界に迷い込んだふたりの老人。命からがら元の世界に戻ったが、”もう一度行ってみたい”と語った老人は、まもなくぽっくりと。”二度と行きたくない”と語った老人はとても長生きしたそうな」。この「地獄に通ずる穴」というアイヌ伝説の舞台となった洞窟は、現在も一部が残っています。比布町には他にもいくつかの物語が伝承されています。
07/27/2026 – 洞窟は藪に覆われてよく見えなかった。
比布川が旭川との境界となる。
治水施設 (07/27/2027)
遊歩道 (07/27/2027) – 人気はない。
07/27/2027
07/27/2027
ここから北永山駅まで歩いてJRに乗って帰宅。
動画。