ニセコバス・雷電線の旅で、最後に残ったのが雷電温泉郷とウエンドマリである。もともと岩内と寿都は海上ではよく結ばれていたものの、陸路ははなはだ貧弱であった。1960年代に雷電トンネルが開通し、ようやく交通が確立したといえる。雷電温泉は1963年に開かれ、最盛期には9軒の宿があったという。私は1990年代初頭に泊まったことがある。海岸も近く海水浴もできた。夏休み中だったが貸し切り状態で、仲間と夜通し騒いだ記憶がある。2000年代に寂れていき、2019年に最後の宿が閉業、温泉郷は廃墟化した。隣のウエンドマリもかつては集落を形成していたが、現在では無人のようである。このエリアにニセコバスは「雷電温泉郷」「雷電温泉入口」「ウエンドマリ」の3つの停留所を置いている。
問題は、このエリアが寿都側の刀掛トンネル (2,754m)と岩内側の雷電トンネル (3,570m)によって断絶されていることだ。車窓から見る限り、どちらのトンネルも非常に狭く、歩道も果たして歩けるかどうかという幅である。照明も暗く、下手に歩くと事故を誘発して迷惑をかけそうである。雷電からバスで脱出しようにも、次の便は3時間後。無人化した集落で熊に襲われるのはいただけない。どうしたものかと長らく逡巡していたが、ついに思い切って出かけた。2026年4月30日、雷電温泉郷でバスを降りる。ここから雷電トンネルを抜けて岩内に戻るつもりである。






海から目を離して振り返ると雷電温泉郷だ。









有島武郎の文学碑がある。

雷電トンネルの前にまずは弁慶トンネル (1,048m)。


雷電トンネルが見えてくる。ウエンドマリである。

人気のない場所だが、丘へ上がる道を見つける。

上に行ってみたが何もなかった。

雷電トンネルの手前にアイヌのレリーフがある。

いよいよ雷電トンネルへ。蛍光ベルト、フラッシュライト、耳栓、マスクを用意する。

歩道はないと思っていたが、意外にも歩ける幅がある。



中心を越える。

ところどころに非常電話がある。


偶然、車の通行が途絶える。



ついに出口に到着。



トンネルを出た先は敷島内集落へ。





明治時代に開削された山道の跡がある。


「冬の岩内海岸を歩く」と同じ道を通る。








これにて、ずっと気にかかっていた難所を通り抜けることができた。
今回の歩いたコース。

今回の動画。
