「白鳥台線と崎守、本輪西駅」

室蘭23 白鳥台線は時刻表上は1日1便しかない路線であるが、実際には室蘭⇔伊達の路線と重複しており、沿線を走るバス便はけっこう多い。今回は東室蘭から洞爺行のバスに乗り石川町で下車、白鳥台の団地に入っていく。白鳥台自治会によると、1950年代後半から計画された人工的な住宅地だという。一般住宅のほか、昭和時代のアパートが数多く立ち並ぶ。一部は使用停止になっているようだ。

廃アパート (12/29/2025)
廃アパート (12/29/2025)
廃アパート (12/29/2025)

通りがかった男性に「全然中入って見ていっていいよ!」と言われる。「そこの建物に数軒、あと数軒入ってるだけだから!」。せっかくの申し出ではあるが、廃墟探検家ではないので中には入らず先へ進む。中心部には小さな商店や銭湯(廃業)があり、昔ながらの団地生活が思い起こされる。ただし、子供たちの姿は多くない。

団地の古い道 (12/29/2025) – 新しいアパートには当然人が住んでいる。
団地の古い道 (12/29/2025)
団地の古い道 (12/29/2025)
白鳥台跨線橋

白鳥台を抜けると崎守駅に着く。東室蘭方面からトンネルを抜け、高架橋を渡ったすぐそばにある立地である。

崎守駅 (12/29/2025)
ホームからの眺め (12/29/2025)

海沿いに出ると工業地帯になる。構内線路が敷かれているが、JRとの交通はないようである。

12/29/2025
日石の石油タンク (12/29/2025)
構内の線路 (12/29/2025)
線路は撤去され道床のみが残る。(12/29/2025)
日石ENEOSの敷地内では多数の線路がみられるが、使用されているかどうかは不明。(12/29/2025)
左が室蘭本線、右は工場内路線だが合流はしていない。(12/29/2025)
手前の室蘭本線と奥の工場路線が並走。(12/29/2025)
ENEOS入口での踏切。室蘭本線と工場路線が並走。(12/29/2025)

この線路を追っていくと本輪西駅に着く。駅構内には室蘭本線と工場路線が両方とも入線している。

構内は広い。(12/29/2025)
ホームの様子。(12/29/2025)
工場路線が見える。(12/29/2025)
工場路線は使われていないようだ。(12/29/2025)
跨線橋も健在。(12/29/2025)

本輪西の町は「プロビデンスタウン」を称している。

Providence (12/29/2025)

今回歩いたルート上には、南部藩の陣屋跡がある。平成20年代に復元されたようだ。解説版より。

「外国船がたびたび来訪した幕末、南部藩は函館から幌別にかけての東蝦夷地警備を江戸幕府により命じられ、湾内を望むこのペケレオタ(白い・砂浜の意)の地に、方形で二重の土塁と壕からなる出張陣屋を築き、防衛にあたった。
この陣屋跡は、安政3年(1856)に築かれ、慶応4年(1868、明治元年)に廃棄されるまでの13年間、南部藩士が常駐したとされる。
内陣には、藩士の詰所や長屋などの建物があったと記録され、発掘調査では建物の礎石や石畳の通路が発見されている。内陣の後背には火薬庫が設けられ、今も残される杉林も、藩士の手により当時植えられたものである。
この陣屋跡は、近世末の土塁式の方形陣屋であり、南部藩による北方警備体制をよく示すものとして、国から昭和9年5月1日元室蘭南部藩陣屋跡として史跡指定を受けた。昭和49年8月22日には、同じく南部藩により噴火湾沿岸に築かれた長万部。砂原の陣屋跡、また市内崎守町にあるポロシレトの台場・勤番所跡も併せて追加指定となり、名称も「東蝦夷地南部藩陣屋跡モロラン陣屋跡」に変更され現在に至っている。」

モロラン陣屋跡 (12/29/2025)
空堀の跡。(12/29/2025)
一応、区画の同定はされているようだ。(12/29/2025)
復元された水堀 (12/29/2025)
稲荷神社 (12/29/2025)
稲荷神社 (12/29/2025)